小出博(はく)さん(地質調査所、東京農業大学)は、わが国における地すべり研究の草分けです。地すべりの三分類(第三紀層地すべり、破砕帯地すべり、温泉地すべり)や最初の科学的地すべり調査報告(柵口地すべり、地調報告)で知られています。後年、小出さんは国土論とでも言うべき独特の境地に達しますが、その中で「分家災害」という土砂災害を見るための重要な視点を提唱しました。
災害の社会的階層性
土砂災害の被災家族を調べてみると、江戸時代ぐらいまで遡れるような本家が被災した割合は少なく、分家の割合が極端に多いという事実が、わが国の山地集落ではかなり普遍的に見られます。分家災害とは、ここから導かれた視点です。一族から分家が生まれて新たな屋敷を構える際、集落内で相対的に安全な場所は、既に本家筋で占められていることが多いのが普通です。そのため、分家は相対的に災害が起きやすい場所に位置することになり、いつかは土砂災害に襲われる運命にあるというわけです。社会的弱者ほど災害に遭いやすいという「災害の(社会的)階層性」が、山地集落では一族の歴史とオーバーラップしているのです。実は、同じような社会現象は、スイスやオーストリアなどヨーロッパアルプスの山地集落でも見られます。人間と災害の関係性は、洋の東西を問わないのかも知れません。
都市の「分家災害」
そういう視点で見ると、都市の斜面災害こそ分家災害の最たるものだと思います。都市の宅地崩壊が起きた場所を調べてみると、そのほとんどが郊外団地の山際(縁辺部)や谷埋め盛土などで起きています。こうした場所に住んでいる人々の多くは、核家族であり、新たに宅地を求めてきた人々です。いわば、彼らは都会に分家してきた人々だからです。つまり、本書で扱うような都市の宅地崩壊は、現代版の「分家災害」と言うべきかも知れません。