福島・札幌事件

宅地崩壊という現象には、様々な利害が絡むので、この問題を調査・研究をしていると、色々なことがあります。例えば、2018年胆振東部地震の調査中、公益社団法人土木学会から全国の防災研究者にメールが送られてきました。札幌市清田区里塚の谷埋め盛土の被害調査に関するもので、住民のプライバシー尊重の観点から調査結果をみだりに公表しない事、調査をする際は札幌市の担当者に同行してもらう事という2点が「要請」されていました。札幌市から地元大学(北見工大)のある人を経由して、土木学会専務理事及び防災学術連携体(防災関係の学会連合)幹事の資格で出されています。筆者(当サイト運営者)らの調査結果が北海道新聞に掲載され、NHKのニュースで報道された直後というタイミングでした。

実は、同じようなことが2011年の東日本大震災の際にもありました。その時は、福島市の国道4号線沿いの谷埋め盛土地すべりに関してで、「(筆者らの)調査結果がNHKで報道された。住民が(プライバシーを侵害されて)困っているので、調査を自粛して欲しい。国道の管理者である自分が、住民に代わって抗議する」という内容でした。地盤工学会東北支部長(東北学院大)は、直ちにこの抗議に対して陳謝し、土木学会事務局長は、この抗議メールを主だった会員に転送し、注意を促したのです。

この2例に共通するのは、住民のプライバシーを理由に、行政が地元の大学と学会を使って、第三者である大学の調査を規制しようとした事です。しかし、かれこれ、20年以上、宅地崩壊の現場を調査していますが、一般の野次馬と大学の調査を混同する住民は見たことがありません。訪れた我々に、むしろ、積極的に原因と今後の対策を質問される場合が多かったと思います。なかには、自分なりにデータを分析し、的確な答えを用意してこちらを驚かせる方もおられました。大学の調査は、行政の調査と並んで、第三者の立場で客観的な事実を明らかにするものです。災害の原因を究明するために必要であることを、住民は直感的に理解してくれているからだと思います。

実は、福島事件には後日談があります。抗議の発信源は、国のある出先機関の課長さんでした。しかし、記者が辿ってみると住民からの苦情は存在しませんでした。課長さんは、住民感情を勝手に忖度し、そういう抗議を自分の一存で行ったと認めたのです。この時、筆者の勤務先である京都大学防災研究所は、「そういう実体のない抗議には取り合わない。今後も調査を自粛しない」という態度で、大学としての見識を示しました。

ここで、少し見方を変えたいと思います。なぜ、こうした規制が問題なのでしょうか? それは、谷埋め盛土が関わる災害の多くが、原因者が存在するいわば人災であり、住民が損害賠償請求訴訟をおこせば、行政も被告になる可能性がある事案だからです。確かに、住民のプライバシーは保護しなければなりません。しかし、それを理由に責任問題の当事者が、第三者の調査を規制する事には違和感があります。うがった見方をすれば、「責任の所在を、(とりあえず今は)明らかにして欲しくない」と言っているようなものだからです。

しかし一方、そうした行政の問題行動に積極的に同調してしまう、いくつかの「学会」とは、何でしょうか? 学術研究や自由な議論を目的にするのではなく、「管理」を目的とする様に見える、実に不思議な組織です。こういうことが、なぜ、わが国で起きるかについては、阿部勤也先生(西洋中世史)が提唱されていた日本人と「世間」の関係を考えると腑に落ちる気がします。ただ、この話は長くなるので、それはまた別の機会に。