地学の時代

 われわれ日本人は、あらゆる自然災害が詰め込まれた、島弧変動帯に住んでいます。「万象の中の天意」を敏感に感じ取り、災害と生活の折り合いを上手に付けてきた民族なのです。歴史と生活環境に根差した暗黙知という意味で、地学と日本人は親しい関係にありました。しかし、現代になって、われわれ都市住民は、先祖が古代から受け継いできた自然を観察する眼、言い換えれば地学的思考法を退化させてしまいました。連綿と続く人災のカタログは、そのことの証明でもあります。

明治になって、西洋近代科学としての地学が、地球に関する森羅万象を探求する学問として輸入されました。現代では地球科学の略称と思われている節がありますが、地学という名前の方がずっと早く、明治時代からあったのです。しかし、近代以降、わが国では、地学とほぼ無関係に都市がつくられてきたと言って良いと思います。このことは、各自治体の都市計画審議会の委員構成に良く表れています。法律上、都市計画で大事なことは、この審議会が決めることになっています。しかし、委員の専門分野は、経済、都市計画、土木、建築、造園などで、地学を専門とする学識経験者はほぼ皆無(ただし、塩釜市を除く)です。まるで、地形・地質に関係なく、人間は自由に都市を作れると考えてきたかのようです。考えすぎかも知れませんが、宅地崩壊が各地で多発している現状を見ると、その感想はあながち外れてはいない様に思えるのです。

地学がないのは、都市計画だけではありません。高校地学の現状は、今や壊滅的です。高校地学は、多くの国民が本格的な地学に触れる最初の機会です。しかし、高校地学が独立した理科の科目になったのは意外に新しく、GHQによる学習指導要領の制定からでした。この時から、理科は、物理、化学、生物、地学の4科目とされましたが、昭和30年代まではこのうち1ないし2科目を選択すればよかったので、もともと人気が無い地学の履修率は約15%と低水準でした。

この状況を変えたのは、1963年の学習指導要領第三次改訂です。気象庁長官だった和達清夫(地球物理学)や東京教育大教授の藤本治義(地質学)といった強力な助っ人を得て、何と理科は4科目が必修という事になりました(つまり、地学も必修)。高校地学の黄金時代の始まりです。しかし、その時代は長く続きませんでした。1973年の第四次改訂以降、理科の科目が、それぞれⅠとⅡやAとBといった具合に細分化される中で、必修科目から外された地学の履修率は減少を続け、入門編の地学Ⅰですら2011年の履修率は約7%まで落ちてしまったのです。

しかし、2012年に理科は再び改編され、4つの基礎的と専門的科目に整理されました。そして、基礎は3科目履修となったため、地学基礎(地学Ⅰに相当)の履修率は約30%程度まで回復しました。しかし、生物、化学の90%以上、物理の60%に比べると依然として低い数字です。更に問題なのは、専門的科目の「地学」の履修率で、何と1%台と驚異的に低い水準です。つまり、今や地学をしっかり学習している人は、国民の百人に一人という状況なのです。

こうなってしまったのは、大学の入試・教育制度に原因があります。理系の生徒の進学先を考えた場合、物理・化学は工学部での需要が大きく、生物は農学・医学部という固定客がいます。地学は、理学部で需要があるくらいで、将来の職業とのかかわりは薄いという現実があるのです。つまり、「どうせ食えないから地学は勉強しなくて良い」という仕組みが、社会に拡がってしまったのです。しかし、日本は、世界有数の地震、火山、気象、土砂災害等の多発国です。そうした国の国民が、地学をしっかりと学習していないのは、国の将来を危うくするものではないでしょうか? 最近の宅地崩壊の背景には、教育における地学の衰退があるように思えてなりません。「地学的教養」は、災害列島に巨大都市を造ってしまった日本人にとって、生存のための必須の知恵であると言っても過言では無いのです。

戦後一貫して地学は、理科の中で最もマイナーな科目として扱われてきました。この先、理科の中にいても状況が変わるとは思えません。そこで、この際、思い切って地学を理科から外し、音楽、体育、美術と同じ括りに入れて、必修化することを提案します。地学を立派な日本人になるための教養科目として位置づけたいと思うのです。戦後の学習指導要領の世界では荒唐無稽に思われるかもしれませんが、国外に眼を転じると、都市における環境と防災の問題を解決するのに、地学が重要だという認識は世界規模で広がっています。それは、地学が、地震や火山といった地球レベルの変動と表層の環境変動、そしてその上で営まれる人間社会の基礎知識であり、生物圏をも視野に入れたボーダーレスの総合科学として認知されているからです。後世の歴史家に、「日本の21世紀後半は、地学の時代であった」と評されるぐらいになれれば、宅地崩壊は相当軽減されると思っています。